忘れられない出来事
私は今、岡山県北部にある小さな教会の牧師をしています。一宮教会は私の母教会です。
2020年に按手をいただき、正教師とされました。私の頭上に置かれた大勢の先輩牧師の手の重みは、生涯決して忘れることはないと思います。
もう一つの忘れられない出来事。それは、一人息子が東京へ旅立った日のことです。
息子を乗せた飛行機は、まるで親鳥の巣から飛び立っていく若鳥のようでした。小さくなる飛行機を見つめながら、嬉しいけれども寂しい気持ちを味わいます。あの日は、私の子育ての終わった日でした。また、あの日は、「新たな人生への招き」の日でもありました。
息子が巣立ってから、人生の目標というか、何のために生きるのか、とか、人生の根源的な疑問がふつふつと湧いてくるのを感じる日々が続きます。俗にいう「空の巣症候群」でしょう。いろいろな習い事もしました。旅行にもあちこち行きました。派遣で海外生活も経験しました。
世界はなんと広く、私は無知で、このままの生活でいいとは思えなくなったのかもしれません。結果離婚になり、実家に戻りました。でも、実家に戻ったところで、何も変わりません。ただ全部失っただけ。
一宮教会の説教題に呼ばれる
その頃、杖を必要となった父と散歩するのが日課になっていましたが、一宮教会の前を通るたびに、教会の次週説教題が気になり始めます。「ここに何かあるかもしれない。」でもなかなか教会の扉を押すことができません。説教題に呼ばれて半年後、やっと礼拝堂の一番後ろの席に座って牧師の説教を聴きます。
神様の話しを聞くのは、本当に楽しいことでした。私の心に新鮮な水がしみわたるようでした。でも、私は教会の人と誰とも口を利かず、挨拶もろくに交わしませんでした。
そのような状態は、約1年間も続き、私は説教だけ聞くと、さっさと家に帰っていました。ただ神様の話しが聞きたかったのです。神様のことをもっと知りたいと思いました。その頃の私のことを知っている友人は「あの頃のゆう子さんは、ホント暗かったね。」と言います。
牧師の呼びかけ
そんなある日、また逃げるように帰ろうとする私を牧師が呼び留めます。
「少しお話ししましょう。ここを読んでください。マタイ福音書6章25節以下、【思い悩むな】の箇所です。」
「…だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」ここを読みながら、私は声が詰まって、最後まで読むことができませんでした。
なぜって、それは私の心の中には思い煩いがいっぱいあったからです。
私は、自分のことしか考えていなかったからです。私にはもう何もない。夫もいない、家もない、仕事もない、生きる目標がない。さらに、自分自身が信用できない。
…すべてが心配で、虚しく、自信がなく、誰に会うのも嫌でした。
洗礼を受ける
そのような心のまま、教会に通いながら、それでもやがて仕事も得て、保育園で働きます。2年後、「洗礼を受けたら生まれ変わることができるのですよ」と牧師から言われ、私は洗礼を受けました。しかし、実際の自分を見てみるとどうでしょう。急に優しくなったり、いい人になっているわけではないし、何か自信が沸いてきたわけでもありません。そんな自分がいるわけです。
ある日、牧師先生に言いました。「先生は洗礼を受けると生まれ変わる、と言われましたけど、何も変わってないように思いますが…」すると牧師先生は、「あのね、バケツの中に泥水がいっぱい入っているとするでしょ?そしてね、上から一滴一滴きれいな水が落ちてくるとするでしょう?バケツの泥水はね、いっぺんにはきれいにならないのですよ。」と、言われるのでした。思い煩いがいっぱいなら、なるほど私はバケツの泥水です。
神学校へ行く?
受洗後も、両親の家で父と母と一緒に暮らしながら、真面目に保育園で働いていましたが、それでも私の心はまだ落ち着かない部分がたくさんあって、ここから、この場所から逃げ出すことばかりを考えていたように思います。
牧師先生はなぜかお見通しで、ある時「神学校に行くことが先ですよ。」と言われます。「何を始めるにしても、まず神様のことを一番にして、神学校に行ってから始めなさい、それでも遅くない」と言われたのです。
え!?この私が神学校に行く。それも東京の神学校に行って神様の勉強をする。なんとステキなことでしょう。また、勉強してみたい。東京の神学校に行きたい。何かが変わるかもしれない。私の中でこの気持ちはどんどん膨らんでいきました。
でも無理でしょう…
しかし、保育園での仕事は日ごとに忙しくなり、両親はますます年老いていきます。
父も母も私のことを頼りにしています。それなのに両親を置いて、4年間も東京の神学校に行くことなどできるでしょうか。そんなこと、まったくあり得ないことです。無理でしょう。
そして、何の変化もなく数年が経ちます。現実は何も変わりません。東京の神学校に行くなど夢のまた夢。アブラハムが85歳の時に、神様から子どもを与えると約束されても、一向に実現せず、年ばかりが増えていくではないか…という焦り。私もそんな気持ちでした。ならば、神学校に行くなどという夢物語は見ない方がいい。
楽しみに待つ!?
牧師先生に言いました。「先生は私が神学校に行くと言われましたが、到底無理だと思います。」するとどうでしょう。牧師先生はこんな風におっしゃるのです。「楽しみに待っていましょう。楽しみにしていたらいいのですよ。」とニコニコして言われるのでした。でも、楽しみに待つと言っても、私の年齢は毎年、ひとつずつ増えていくではありませんか。もはや東京に行って勉強するなど、間に合わないだろうなぁと思いました。やはり、所詮は無理な話、期待などしない方がいい。期待すれば悲しい話、「実現できない夢物語り」としか思えませんでした。
卒業式の日
そのようにして、一宮教会で教会生活を送りながら10年間ほど保育園で働き、父を看取り、母が老人ホームに行くことになって、2014年、とうとう私は神学校で学ぶことが許されました。56歳になっていました。東京神学大学での勉強はやはり簡単ではなかったと思います。
でも、数十年ぶりの学生生活は楽しく、息子のような年齢の同級生たちと一緒に授業を受けていると、年齢など気になりませんでした。授業の中で、「神様のことを勉強する!」ということは、どの科目も本当に楽しいことでした。卒業の年、年齢は61歳になっていました。
そして、卒業式の日、なんと息子が私の保護者(?)として、出席してくれたことも忘れることはできません。
新たな人生への招き
聖書には、ペトロたち4人の漁師が弟子にされる召命の記事が書かれています。
イエス様は彼らをご覧になると、すぐにお呼びになります。「わたしについて来なさい。」この弟子たちのように、私たちも、ある日、主に呼ばれることがあります。目の前に新しい道が示されたならば、とにかく歩き始めてみることです。
それまでの慣れ親しんだ生活から、新しい生き方をするように、変わるきっかけと動機は様々です。
困難や虚しさに直面した時、それは実は新しい希望の始まりです。
年齢も能力も環境も、神さまは問題となさいません。その時が、次のステージへの扉が開かれる時です。イエス様は、困難や虚しさを通して、私たちを「新たな人生」へと招いておられます。
